新橋のファッションヘルス時代

私は元風俗嬢です。風俗歴が長いので、私がこの目で見て、耳で聞いて、自分自身の身体で体験したことを綴っていきます。
当時は、風俗遊びの情報は口コミサイトや風俗ポータルサイトではなく、風俗の情報と言えば風俗雑誌や夕刊の三行広告が全盛期の時代でした。
そんな時代を生きた風俗嬢の回顧録です。私のおぼろげな記憶に誤りもあると思いますが、多めに見てもらえればと思います。それではお楽しみください。

「店長殺しちゃおうか?」「とりあえず玉は潰してやろうぜ」「そうだな。どうせ使わないだろうし」「それより社長を締めあげたほうが話が早いんじゃない?」「断固、待遇改善を要求だ!」「私たちも腹をくくる覚悟はしないとね」・・・。
昭和60年2月14日の新風営法施行の次の日、私たち一同は当時、働いていた新橋のファッションヘルス『A』の近くの喫茶店に集合していました。
奇声を発する者、おしぼりを振り回す者、床をドンドン踏みならす者・・・。みんな、かなりの興奮状態です。
真冬だというのに、ぽかぽかと暖かな昼下がり。せっかくのお茶を楽しんでいる他の何組かの客たちにとっては、迷惑以外の何者でもなかったと思います。
ところが、私たちの熱気に圧倒されたのか、それとも奇妙な風俗嬢の集団の奇妙な掛け合いが面白かったからなのか、時々チラッと目線は送るものの、迷惑そうな顔をしているお客さんはひとりもいませんでした。

つぎつぎと注文する私たちのオーダーに、カウンターと各席を忙しく往復するウェイターたちは、特に注意をしてくることもなく、たいして汚れてもいない灰皿をマメに取り換えてくれたり「音楽、うるさくないですか?」と皮肉ともとれるような気を使ってくれたりしました。でも、実はニヤニヤしていたので、私たちの様子を楽しんでいたのではないかと思います。
もし、私が逆の立場だったら「そこへ並べ!」と一同を並ばせて「お前ら、常識ないんか」と説教を始めたあげく、怒った集団にボコボコにされてしまうことでしょう。
実際、私はいらぬ口が多く、子どものころから、よく袋叩きにあって、背負わなくてもよい面倒を背負うことが多かったのです。
そのたびに派はは「まったくお前は、口を開くと問題ばっかり起こして。黙ってしゃべれ。黙って」と理解不能なことをいって怒られたものです。
もっともこれは、大人になった今でも直ってはいません。「黙っていればイイ女なのに」とお客さんからもよく褒められます(?)

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